『この世に存在しない会社』で必死に働いていた頃の話

2016年5月に書いた記事のリライトになります。

 

今の仕事をする前の話です。もう5年前になりますか。

 

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この世に存在しない会社

 

みなさんこんにちは、ほぼフリッパーのカケヅカ(@kakedukzss)です。

 

今現在リールカスタムパーツを作る仕事にシフトして四年近くなるのですが、その前は溶接業でした。それがなぜ全く違う業種にシフトする事になったのか、というお話。

 

嫁と子供二人でショッピングモールに買い物に行った時でしたね。書店に入って何気なく手に取った本に書いてあったんですよ。

 

あなたの会社にホームページがなかったら、それはその会社がこの世に存在してないのと同じである」と。

 

とてつもないショックを受けました。

 

インターネットへの認識

 

何というか、インターネットって結局なんじゃい?というのが当時の自分の認識でした。

 

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検索していろいろ出てくるとか、メールでやり取りできるとか。まあ、その程度の知識でしたね。

 

でもホームページが無い事がそれほど大変な事だとはまったく想像してなくて。「そんな会社世の中にたくさんあるでしょ!?」と。

 

でも確かに、活気があるのはホームページやブログなどで積極的にネットに関わってる会社でした。逆に自分の周りを見て気づくんですよ。

 

昔ながらの商売をしていて新規開拓の必要がない会社はネットには無関心だと。毎月決まった仕事があって、競争の必要がないから企業努力も必要ないわけです。

 

その時うちの工場は、そういう会社からの受注だけで生活していました。もうジリ貧ですよね(笑。

 

自分の会社の強みを世の中に発信するという意識がまったくなかったんです。

 

とにかくホームページを作ろう

 

それからはひたすら調べてホームページの製作に入りました。もちろん仕事時間以外に夢中になってやりましたね。

 

まあ、実際は仕事中でもパソコンに向かってましたけど(笑。

 

パソコンの前に座るのはまったく苦にならなかったので作業自体は楽しかったです。

 

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ただ、家の人間にまったく理解が無く、遊んでると思われてましたね。

 

とにかく時間を見つけてはパソコンの前に座って独学でホームページを作りました。資金が無いので、基本的に無料で作成するしかなく。

 

でもネットで検索すると、無料でホームページを作成する方法はいくらでもヒットしました。本も何冊か買って、必死になって作業しましたね。

 

当時の自分の知識は稚拙で、変な話、ホームページを作りながらネットについて勉強していた感じでした(笑。

 

はじめてのホームページ

 

そんなこんなで、着手してから一ヶ月でなんとかホームページらしきものが出来上がりまして。

 

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それはそれは手作り感満載の(笑。。でも完成したときは大声で叫んでましたね。

 

これで全世界の人にうちの会社を知ってもらえるぜっ!」って(笑。

 

そして凝り性な性格の自分は、サテライトブログにも手を出します。ホームページは固定ページで、日々の更新はブログを書く、というマニュアル通りに。

 

最初はseesaa・brogで書いてました。この時自分の意外な性能に気が付きます。

 

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ブログ楽しいかも。

 

今も探せば出てくるのかな?一年くらい書いたと記憶してますね。

 

人生変わった

 

ホームページを作ってから人生変わりましたね。これは大げさじゃなく、今の仕事はホームページがあったからできてるんですよ。

 

正直こんな急展開でホームページが影響するなんてまったく想像してませんでした。

 

ラダーを作ってヤフオクで売ってたのをホームページに載せたんです。そうしたらHEDGEHOG STUDIOの社長から直接電話を頂いて。

 

今の仕事はそれがキッカケだったんです。

 

その時期取引のあった会社とトラブってたんですよね。同じタイミングで新工場に行政の指導が入って。溶接の煙を除去するための設備をしなさい、と。

 

見積り取ったら数百万かかるとか言われて。

 

潜ってやれなくはないけど、そんなグレーな仕事はいやだなぁ、と。

 

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そんな思いもあって、ここはリールパーツを作って生計を立てよう、となったんです。

 

大好きな釣りに関わる事を仕事にできるチャンスだと思い、親を説得して。それまでの溶接ロボットを出して中古のマシニングセンタを入れて。

 

その後、泣きついてきた当時の取引先を突っぱねて。

 

NCマシンのプログラムやマシン操作は必死で覚えました。今考えても、あのパワーはどこから出たのか(笑。

 

ホームページを作ってから数ヶ月後の事でしたね。

 

人生のヤマ場

 

忘れもしない、東日本大震災で家が傾いて、立て直してる時の仮工場での事でした。

 

一本の電話で人生が変わりました。ラダーを担いで北千住のHEDGEHOG STUDIOに行った日がまだ3年数ヶ月前だとは(2016年当時)。

 

でもその後立て直した自宅兼工場への再入居でバタバタ。同じタイミングで三人目となる次男が産まれ。

 

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HEDGEHOG STUDIOとはまったく連絡を取る事がありませんでした。でも数ヶ月後に再び電話をくれて。

 

まだ待っててくれた、という思いで無性に嬉しくなってのを覚えてます。

 

余談ですが、次男は産まれたその日に集中治療室に運ばれたんですよ。泣かないとかミルクを飲まないとか言われて。

 

4000g超えの超巨大児だったので出産時に負担がかかったのでは?と言われました。まさか脳に障害が残ったのか?とか色々考えてしまいました。

 

心配しましたが、運ばれた病院では超元気で他の子に申し訳ない気持ちでしたね(汗っ。

 

でも二週間まるまる入院したんですよ。毎日通って説明を聞いて。

 

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今ではブログの記事あるように無駄に元気な健康体です。でも当時はいろいろ重なって本当に人生の正念場って感じでしたよ。

 

やれちゃうもんです

 

好きな事を仕事にできるチャンスが目の前にあるとやれちゃうもんですね。

 

今現在大成功して大金持ち、って訳では全然ないですけど(苦笑。

 

でもお金じゃなくて、毎日好きな事をして食っていける幸せがあります。一時の苦労は飲んだ時の笑い話になるくらいなもんですね。

 

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あの時は大変だったとか、たまに思い出しますけどもう忘れかけてました。5年前にホームページを作ってそのことがキッカケで今の仕事に繋がったわけです。

 

それが無かったら全然違う人生を送ってた事でしょう。間違いなくラッキーではありました。

 

でも、そのラッキーを手にするために無意識に頑張れたんですね。

 

好きな事を仕事にするのはパワーを生みます。

 

まだ始まったばかりですが、死ぬまで退屈する事はなさそうです。

 

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かけづか
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