好きな事が仕事になる 準備ができたらそっちに呼ばれたって話

若い時から好きなことを仕事にして、夢中になってそれを出来る環境は産まれ付いての運が必要です。

 

今の自分の三人の子供達にはその運が生まれつき備わってます。

 

それは特に家がお金持ちとかそうゆう事ではありません。

 

好きなことを思いっきりできる環境にあるかどうか、という事ですね。

 

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時代はめぐる

 

反面教師なんですが、自分にはやりたい事があったんですが両親に全力で反対されたんですよ。

 

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なので自分の子供には好きなことを思い切りやらせてやりたい、と思うんですよね。

 

別に金銭的に援助するとかそうではなく、とにかく邪魔しないという事です(笑。

 

やりたい事があるならとにかくやってみな」、という感じで。

 

どんなマイナーな世界でも良いから、トコトンやってみて納得すればその後の人生が違ってくるでしょ、と。

 

そうゆう意味で、やりたい事を何でもやれる環境にあるという運をもって産まれてるんですよ。

 

親に邪魔されないという。

 

そんなこと当たり前だと思うでしょうか?

 

でもやりたい事を気持ちよくやらせてもらえない環境ってあるんですよ。

 

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1980年代の就職

 

自分の両親は自営業で金属加工の工場を経営してました。

 

そして今自分が二代目として工場の実務を取り仕切ってます。

 

現在は完全に自分の好きな分野で仕事をしているので充実してますが、これは単にラッキーが重なった結果です。

 

それまでは本当にいろいろありました。

 

高校を卒業してから、大手自動車会社に就職も一年で退社。

 

なんというか、当時の職場には新人に対してさらし者にするという慣例があったんですよ。

 

正真正銘のイジメですね。

 

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ロクに仕事ができない18歳の小僧相手にいきなり仕事を押し付けて、できないと先輩が全員(5人くらい)で一人の新人をつるし上げるというか。

 

当時の同期がもう一人いましたが、先に退職して、それからは毎日地獄でしたね。

 

辞めるのも相当キツかったですが、辞めない方がもっとキツかった。

 

その後今の工場に入るまではそれから3年後になりますが、それまで色々ありまして(笑。

 

とあるマイナー競技

 

あるいかがわしい遊びに夢中になりまして。

 

それは全然いかがわしくはないんですが、両親からすればそうとしか見えなかったらしいです。

 

何年かやらせて欲しいと懇願しましたが、全力で反対されて、結局勘当同然で家を出ます。

 

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当時19歳でした。

 

未成年ということもあり、アパートなどを契約したくても保証人がいないと入れませんでした。

 

両親はもちろんハンコはくれません。

 

そこでアルバイト先の店のオーナーにお願いしてみたところ、奇跡的に保証人になってくれました。

 

両親にとっては大誤算だったようです(笑。

 

こうしてアルバイトをしながらそのマイナー競技でプロを目指して日々修行する日々になります。

 

ただ、これは後に気づくのですが、その競技が本当に好きな訳ではなく、ただ家から出たかっただけでしたね。

 

なんというか、自分は学生時代に何も楽しい事がなかったので学生を卒業してからが楽しかったんですよ。

 

それが、最初に就職したところにまったく馴染めず、普通に両親のところで働くのが嫌でしょうがなかった。

 

外の世界が華やかに見えたんですよね。

 

バスフィッシングでプロに

 

結局その競技ではどうにもならず、惰性で続けてるうちに、両親の経営する工場に戻ります。

 

そのときが確か22歳くらいだったと記憶してます。

 

その時夢中になっていたのがバスフィッシング。

 

ブームも手伝ってかなりハマリましたね。

 

で、気がついたらプロ登録して琵琶湖や河口湖を転戦するようになってました。

 

でも、フルリグのアルミボートに中古の四駆を買って、仕事もしないで釣りをしてるという。

 

何の環境作りもしないで、長く続けられる訳がありません。

 

釣りで連続優勝とかしない限り、いや、例え何回も優勝したって。

 

試合の成績だけで食っていけるほど甘くないです。

 

業界の仕組みなどをまったく理解できないまま4年間を費やしましたが、当然ダメでした。

 

この時も、やるべき事をわかってなく、ただ釣りで成績を出せばプロとしてやっていけると本気で思ってました。

 

結婚→子供→生活→禁釣り

 

JBプロを逃げるようにやめて、35歳で結婚するまでは亀山湖のローカルトーナメントに出てました。

 

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でも結婚して子供が産まれて、自分のお小遣いで釣りに行くのは段々キツくなってきます。

 

家族と過ごす時間を犠牲にして釣りに行っても、そこには本当の楽しい時間はありません。

 

そこからしばらくは釣りから離れる事になります。

 

第二子となる長男が産まれ、ますます父親として忙しくなる中、三人目を嫁が妊娠。

 

で、そのタイミングで東日本大震災の影響で自宅に影響が出ます。

 

被災者扱いされる訳がなく、自力で建て直し。

 

人生、明日は何があるかわかりません。

 

でも自分は今までけっこう好きなことをやってきたので、そろそろ落ち着かないと。

 

そんな事を思ってたところにHEDGEHOG STUDIOの社長から直に電話を頂き、再び釣りの世界に。

 

初めて呼ばれた

 

今まで自分はやりたい事があると、何も考えずに自分から突っ込んで行って失敗してます。

 

環境とか準備とか、そうゆうものをまったく考えずにただやりたいだけでした。

 

今の仕事は不思議なもので、始めてその世界に呼ばれて行く事になるんです。

 

自分でも気が付かないうちに、今の世界に呼ばれる準備を最低限やってたんですよ。

 

30代後半で初めてパソコンを触り。

 

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それが楽しくて、寝るのも忘れてイジッてましたね。

 

知識ゼロから、とにかく友人知人を頼って、本やら雑誌やら、検索しまくっていろいろ調べました。

 

パソコン本体もけっこうイジッて何台も壊しましたね(笑。

 

一年分のデータが飛んじゃったり(泣。

 

でも、釣りをしてない6年くらいの間にパソコンやインターネットをやりまくったおかげで、今の仕事に繋がってます。

 

今でもパソコンの前に座ってる時間は自分にとって癒しの時間ですね。

 

なのでブログなんて最高の娯楽です。

 

努力が娯楽になるレベルまで

 

自分は間違いなくラッキーです。

 

今の仕事はパソコンに向かうこと。

 

釣りに関係したものを作ること。

 

釣りをする事。

 

そのすべてにおいて、頑張って努力する事がすべて自分にとっては娯楽です。

 

普通に大変なんですけど、釣りってそもそも大変ですし。

 

好きな事って大変だと思わないですからね。

 

寝なくても釣り行くし。

 

ならそれが仕事でも大変だとは思わない訳ですよ。

 

毎日好きなことをしてるだけ。

 

「ご趣味は?」

「仕事を少々」

 

なんつって。

 

仕事に関する記事はこちら

● 嫌いな仕事をしていて大怪我した話

● 好きな仕事と家族の関係 父親の仕事は死ぬほどいやだった

● 好きな事が仕事になる 準備ができたらそっちに呼ばれたって話

● 難航は成長? ものづくりに対する思いを書いてみた

 

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2 件のコメント

  • 私も不器用ながら死にそうになりながらなんとかバスつりをやって20年まだ食っていけて無いです~

    プロとして食って生きていきたいです~

    まだまだ全然駄目ダメですが~
    諦めずに頑張っていき

    なんとかしっかり食える様になりたいです

    先は遠そうですが~

    今はWFGのフィッシングガイドとルアーを細々と作っています~

    またお会いする事もあるかもしれませんがよろしくお願いいたします

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    本名 欠塚実(カケヅカミノル) 46歳 既婚 子供三人の父親
    東京都足立区在住
    ホームレイクは亀山湖 現在チャプター房総に参戦中 仕事は主にリールパーツの切削加工 弱小ブランドKAKEDZUKA DESIGN WORKS代表