今だからこそ思い切ってカミングアウト なんちゃってバスプロ時代の意識の低さ

名古屋キープキャストが盛り上がってるようです。

 

なかでもキープフィールドプロジェクトという

バスフィッシングの未来を占う画期的な

取り組みが行われているようです。

 

記事はこちら

 

微力ながらこのブログでも

記事で拡散をお手伝いしています。

 

募金によるマブナの放流によって、

ブラックバスを含めた外来種も

在来種も守っていこうという試みのようです。

 

Carassius cfr gibelio

 

実際どのような効果がでるかは

正直やってみないとわかりません。

 

でもとにかくやってみるという事が

今は大事です。

 

個人の力ではたいしたことはできません。

 

でも、業界全体が同じ方向を向けば

なにか大きなことがきっとできると

思えてなりません。

 

と、今こんな事をエラそうに言ってますが、

じつは昔はチョッと(かなり?)

考えかたが違ってました。

 

正直に白状しますね。

 

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メーカーでも一般アングラーでもなかった

 

バスフィッシングに限らず、

その世界で一番影響力をもっているのは

メーカーでもバスプロでもなく、

一般のアングラーです。

 

Youths angle for biggest catch in fishing rodeo at Burba Lake

これは間違いない。

 

一般のアングラーがいなければ、

メーカーもものを買ってもらえません。

 

バスプロも同じで、

一般のファンの方がいなければ、

スポンサーがいなくなるし、

そのプロの影響でものが売れなければ

生活していけません。

 

お金をたくさん使ってくれる人が

一番影響力があるわけです。

 

そんな中、

自分はメーカーの人間でもなければ

有名なバスプロでもありませんでした。

 

そうなると、

じつはバスフィッシングの未来について

それほど真面目に考えたことが

ありませんでした。

 

ごめんなさい。

 

とにかく試合に出ることが一番大切で

どうやって環境や金銭面をやりくりするかが

自分の中での最重要事項でした。

 

 

つまり人のこと、

ここでは一般アングラーの事より

まず自分の立ち居ちを確保したい、

という思いが頭の中を支配していました。

 

自分はまったくバスプロとしての才覚がなく、

ただ試合に出続けていればチャンスが

やってくると勘違いしていました。

 

まったくの無計画に、

でもガムシャラに試合に出てました。

 

そのときの心境は、

今それどころじゃない」でした。

 

当時30歳手前くらいでしたね。

 

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あの頃の自分をなぐってやりたい

前にも書きましたが、

15年くらい前にJBのプロ戦に

参戦していました。

 

でもそれは自分にとってゴールの見えない道を

ただ大きな目的もなく

タラタラ走っているだけでした。

 

MR8XR9SQMD

 

人間はゴールがどこなのか、

自分はどうしたいのかを明確に

イメージできてないと

その瞬間だけが自分のすべてだと

勘違いしてしまうのでしょうか。

 

もし自分が万が一成績が出て

ちょっと有名なバスプロになっていたら、

その先に何を見たのでしょうか。

 

まさかその後アメリカに行って、

バスマスタークラシックで優勝するとか

思ったんでしょうか。

 

今になるとわかるんですが、

仮に続けていたとしても

どうにもなってないでしょうね。

 

だって将来どうしたい、という

明確なビジョンはなかったんですから。

 

ただその世界に

しがみついていたいだけだった

ってことです。

 

それは仲間うちで

「自分はプロのトーナメントに出ているんだぜ」、

という優越感に浸りたいだけで

やっていたように思います。

 

そのために仕事を休んで

試合の前日だけプラをして。

 

そんな状態で本戦にのぞみ、

まんまと惨敗くらって自虐武勇伝で

飲み会の席をにぎやかして。

 

バカですね。

 

 

そんなことのために

バスフィッシングの未来に

まったく目をむけず。

 

ともすれば、

パブリックコメントとか

めんどくさい運動で貴重な時間を

つぶしたくない、

くらい思ってました。

 

ああ、本当情けない。

 

まだ釣り人としての良心は残ってた

JBを逃げるようにやめた後です。

 

亀山湖のローカルトーナメントに

その当時の仲間と出始めた頃。

 

純粋にバスフィッシングが

楽しかったです。

 

トーナメントがこんなに楽しいと

感じたことは一度もなく、

一時すごくハマりました。

 

そんなタイミングで、

また外来魚問題がザワザワしてきました。

 

zawazawa

 

というか、

ずっとザワザワしてたのを

自分が感じとれずにいたのでしょう。

 

やっと自分の中でその問題について

考える余裕が産まれたのです、やっと。

 

その時33から34歳くらいでしたか。

 

この楽しい遊びが、

将来できなくなってしまうかも。

 

かなり遅れてショックを受けました。

 

初めて他人事ではないと

意識した瞬間でした。

 

どうやら自分はバスフィッシングが

大好きらしい。

 

はっきりと確信しました。

 

そして結婚・嫁の妊娠出産

35歳で結婚しました。

 

さんざん好きなことをやってきたので、

付き合って結婚までは早かった。

 

付き合ってから半年でプロポーズして

一年後には結婚。

 

そしてその年に長女が産まれて

そのご男二人追加してリミットメイク完了。

 

現在一番したの息子は三歳。

 

立会い出産についてはこちら

 

子どもが小さいので週末は

家族で過ごすことがほとんでです。

 

外に飲みにいくのも月一回くらい。

japanese style pub

 

その間はほぼ釣りには行ってないですね。

 

なのでまた自分の中で、

傍観者モードになりかけてました。

 

しかしながら、

三度バスフィッシングに関わる機会が

訪れます。

 

HEDGEHOG STUDIOから呼び出し

 

ある日とつぜん電話がかかってきます。

 

「へっじほっぐすたじおともうします」

 

もう完全に新手の詐欺だろうと。

 

「なんでしょうか?」

と懐疑的な口調で。

 

Suspicion Lies Inside

 

「え!? ラダーが欲しい?

ソッコーいきます!」

 

で、現在に至る、チャンチャン。

 

…ちょっと端折り過ぎました。

 

でもまあ、

そんな出会いだったんですよ。

 

つまり呼ばれちゃったんですよね、

またこの業界に。

 

Phone, Communication, Call, Select, Museum, Antique

 

釣りは行ってなかったんですが、

ラダーを作ってネットオークションで

手売りしたりしてたんです。

 

そうしたらそれを

HEDGEHOG STUDIOの社長が

嗅ぎ付けて 探し出してくれて。

 

それがキッカケでリールパーツの

設計製造の仕事で食っていくという

夢のような仕事にありついてるわけです。

 

どうやら縁があるらしい

 

今年47歳になります。

 

バスフィッシング大好きです。

 

バストーナメントも大好きです。

 

どうやらこのさき、

バスフィッシングを続けていけそうなんです。

 

2016-02-03 13.59.28

 

だからバスフィッシングができなくなるのは

かなりツライです。

 

個人的に何かできることは無いので

何か動きがあった時にはのっかります。

 

今回のキープフィールドプロジェクト、

すばらしい試みだと思います。

 

成功例を作って、

その実績を引っさげて

全国のフィールド変えましょう。

 

そのための第一歩にしましょう。

 

こんな時分が言うのは

本当に恥ずかしいですが、

今だからこそ、ですね。

 

バスフィッシングを盛り上げましょう!

 

かけづか
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